人口2万人の街からサッカー強豪校を目指した理由

from 泉山将馬


最近、自分の原点について考える機会があり、
ふと昔のことを思い出しました。

僕は岩手県二戸市で育ちました。

人口は約2万人。

自然が多く、人との距離も近くて、今振り返るととても良い街です。

ただ、サッカー環境という視点で見ると、決して恵まれているとは言えませんでした。

当時、所属していたスポーツ少年団の練習は日曜日だけ。

大会もほとんどなく、練習試合の相手もいつも同じチーム。

その頃は何も疑問に思わず楽しくサッカーをしていましたが、今思うと、上を目指す環境としては決して十分ではなかったと思います。


そんな僕が「盛岡商業高校(盛商)でサッカーがしたい」と思うようになったきっかけがあります。

それは、盛商が全国優勝した姿を実際に現地で観戦したことでした。

実際にピッチで戦う選手たち。

スタジアムの熱気。

応援の迫力。

あの時の光景は、今でも鮮明に覚えています。

「いつかあの舞台に立ちたい。」

そう思ったのが始まりでした。

二戸から盛岡へ通った日々

小学校高学年から中学生にかけて、僕は盛岡市のクラブチームに練習生として通っていました。

片道2時間近く。

当然、自分で行ける距離ではありません。

毎回送迎してくれた父(たまに、母)には、本当に感謝しています。

そのクラブのコーチが盛商サッカー部のスタッフでもありました。

周りの選手たちも、ほとんどが盛商へ進学するような環境。

自然と僕の中でも、

「盛商でサッカーがしたい」

という気持ちが大きくなっていきました。

母からの質問

高校進学を考える時期になった頃。

忘れられない出来事があります。

母親からこう聞かれました。

”サッカーをやりたい気持ちと、今の二戸の友達とそのまま一緒にいたい気持ち、どっちが強いの?”

その瞬間、涙が止まりませんでした。

友達は大好きでした。

離れたくありませんでした。

正直、寂しかったです。

でも、環境を変えて本気でサッカーをやりたい気持ちもありました。

泣きながら、

「友達も大事だけど、本気でサッカーがしたい」

そう伝えたことを今でも覚えています。

当時はただ必死でしたが、今振り返ると、あれが人生で初めて自分の意思で大きな決断をした瞬間だったのかもしれません。

県内では無名だった

誤解してほしくないのですが、僕は特別な選手ではありませんでした。

地元のチームではそれなりにプレーできました。

でも、県全体で見れば全くの無名。

他地区の大会へ行けば、目立つ存在でもありませんでした。

だからこそ、

「盛商へ行けば活躍できる」

なんて自信はありませんでした。

むしろ不安の方が大きかったと思います。

それでも挑戦したかった。

上手い選手たちとプレーしたかった。

自分を試したかった。

そんな気持ちの方が勝っていました。

現実は甘くなかった

盛商に入学してからは、とにかく必死でした。

寮生活。

朝6時起床。

朝練。

厳しい上下関係。

高いレベルの競争。

監督やコーチから求められる基準も高い。

周りを見れば、自分より上手い選手ばかり。

毎日が苦しかったです。

正直、楽しいことより辛いことの方が多かったかもしれません。

でも、その環境が僕を育ててくれました。

逃げないこと。

続けること。

やり切ること。

今の自分の土台になっている粘り強さや継続力は、間違いなくあの3年間で身についたものだと思います。

後輩たちが続いてくれた

少し嬉しかったことがあります。

僕が盛商へ進学した後、二戸から盛商を目指す後輩が出てきました。

さらに、県外の強豪校へ進学する選手も増えていきました。

もちろん、それが全て僕のおかげとは思っていません。

でも、

「二戸からでも挑戦できる」

そんな前例を少しでも作れたのだとしたら嬉しく思います。

才能よりも環境

今、子どもたちの指導をしたり、スポーツを仕事にしたりする中で強く感じることがあります。

それは、

才能よりも環境が人を育てる

ということです。

もちろん努力は必要です。

本人の意思も大切です。

でも、どんな人と出会うか。

どんな場所で過ごすか。

どんな基準に触れるか。

それによって人生は大きく変わります。


実際、僕自身がそうでした。

盛商へ行ったから人生が変わったのではありません。

環境を変える決断をしたから人生が変わったのだと思います。

あの時、友達と離れる寂しさよりも、自分の挑戦したい気持ちを選んだ。

その選択が、今の自分につながっています。


今でも僕は環境の力を信じています。

子どもたちにも。

スポーツを仕事にしたい人にも。

そして自分自身にも。

環境を変えることは勇気がいります。

でも、その一歩が人生を大きく変えることもあります。

だからこそ、これからも自分の可能性を広げてくれる環境に飛び込み続けたいと思います。

そして、誰かが挑戦するきっかけをつくれる人でありたいと思っています。


PS もしこの記事が少しでも刺さったなら…

今回の記事を書きながら改めて感じたのは、
僕自身の人生は「地方だからできたこと」と「地方だから難しかったこと」の両方があったということです。

二戸から盛商を目指した当時も、周りから見れば決して恵まれた環境ではありませんでした。

それでも、自分で環境を選び、行動したことで見える景色は大きく変わりました。

もし「地方だから難しい」「地方だから無理かもしれない」と感じている方がいたら、
こちらの記事も読んでみてください。

実は、地方だからこそ見落としている可能性があるかもしれません。

「地方だから無理」という人が見落としていること

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この記事を書いた人

サッカー全国大会出場経験を持つ元アスリート。

総合型地域スポーツクラブ「インボルブ花巻」代表。

元団体職員から独立し、地方都市でゼロからスポーツクラブを立ち上げる。
子ども向けの運動教室やサッカースクールを中心に、地域に根ざしたスポーツ活動を展開。

最初の会員は2人からスタート。

試行錯誤を重ねながら教室を成長させ、現在では約100名以上が在籍し、年間延べ1,000人以上にスポーツの楽しさを届けている。

現場での経験をもとに、
「スポーツで食べていく仕組みづくり」をテーマに情報発信を行い、元アスリートのセカンドキャリアやスポーツ起業についてのサポートを行っている。